

「不動明王」
―慈悲が生んだ、怒りのお顔―
お寺を訪れると、燃え盛る炎を背にし、恐ろしいほどの怒りの表情で、剣と縄を手にした仏様に出会うことがあります。そのお方こそ、不動明王(ふどうみょうおう)、「お不動さん」として広く親しまれている仏様です。
なぜ、仏様がこれほど怖い顔をしておられるのでしょうか。その秘密は、私たち衆生(しゅじょう)に対する、究極の慈悲の心にありました。
1. 大日如来の化身 ―「力ずくででも、あなたを救う」
不動明王は、実は真言密教のご本尊である大日如来(だいにちにょらい)の化身です。大日如来が、優しい言葉や穏やかな教えだけではどうしても救うことのできない、頑固な煩悩にまみれた人々を救済するために、あえて力強い怒りの姿となって現れたのが不動明王なのです。
そのお顔は、悪を許さない断固たる決意の表れ。しかし、その視線はまっすぐに私たち衆生に向けられています。それは、「何があっても、力ずくででも、あなたを仏の道に導き、救い上げてみせる」という、父親のような厳しくも深い愛情の現れなのです。
お大師さまが唐からの帰路、嵐で難破しそうになった船を、荒波を切り裂いてお守りくださったのが、不動明王であったと伝えられています。以来、お大師さまはこの頼もしい仏様を深く信仰し、そのご利益を多くの人々に説かれました。
2. お姿に込められた、絶大なご利益
お不動さまのお姿の一つひとつには、私たちを救うための意味が込められています。
このお姿から、お不動さまは「除災招福」「病魔退散」「厄除け」「心願成就」「商売繁盛」など、現世利益において絶大なご利益を授けてくださる仏様として、篤い信仰を集めています。
3. お不動さまと繋がる真言「慈救の咒(じくのしゅ)」
不動明王と私たちを直接つなぐ、強力な真言があります。それが「慈救の咒」です。
「のうまく さんまんだ ばざらだん せんだ まかろしゃだ そわたや うんたらた かんまん」
この真言は「慈悲の心によって人々を救う呪文」という意味で、一心に唱えることで、お不動さまの力強いご加護をいただくことができます。人生の大きな岐路に立った時、困難に打ち勝つ勇気が欲しい時、この真言を唱えれば、お不動さまが智慧の剣で道を切り開き、慈悲の縄であなたを導いてくださることでしょう。
また、毎月28日は不動明王のご縁日です。この日にお参りをすると、より一層深いご縁を結ぶことができると言われています。
むすびにかえて
不動明王の厳しさは、決して私たちを突き放すものではありません。それは、私たち一人ひとりを見捨てることなく、必ず救い上げようとする、究極の優しさの表れです。
その揺るぎない眼差しは、千二百年の時を超え、今も私たち一人ひとりの心の奥底をまっすぐに見つめています。人生に迷い、立ちすくむ時、どうぞお不動さまの前に立ち、手を合わせてみてください。その厳しくも温かい力が、あなたの背中を力強く押し、希望の光で未来を照らしてくれるはずです。


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