真魚少年はなぜ、仏教に目覚めたのか?

 お大師さま――幼名・真魚(まお)さま――が生まれた時代は、混乱の渦の中にありました。相次ぐ飢饉と天災が人々を苦しめ、桓武天皇が権力争いの末に遷都を強行するなど、世の中は不安に満ちていました。

 そんな激動の世に、真魚さまは現在の香川県善通寺市に、裕福な家の末子として誕生します。「貴物(とうともの)」――尊い子――と呼ばれ、家族の愛に包まれて育った真魚さま。

 しかし、幼い頃に母と兄を立て続けに亡くし、真魚さまの心に深い闇が差し込みます。それでも、朗らかな気質と強い魂が、彼を絶望へとは沈ませませんでした。むしろその悲しみが、仏の教えへと彼を駆り立てていったのです。

 真魚さまの非凡さに気づいていたのは、彼自身だけではありません。ある日、香川を訪れた高僧・法進上人は、まだ赤子の真魚さまの鳴き声を耳にした瞬間、こう予言したと伝えられます。



この子は、仏縁を持って生まれた。いずれ世に出て、仏の教えを広める者となる成るであろう。



 また、別の日。朝廷から派遣された役人が、道端で遊ぶ幼い真魚さまを見て、すぐさま馬から飛び降りると恭しく礼拝しました。怪しむお供に、彼はこう告げたといいます。



この子は凡人ではない。四天王が、その身を守っているのが見える



 幼い真魚さま自身も、自らの内にある不思議な力を感じ取っていました。土をこねて仏像を作り、草や木で小さなお堂を築いては、そこに向かって手を合わせる。そんな遊びが、彼にとってはごく自然なことでした。

 そして七歳のある日。真魚さまは近くの捨身ガ嶽(しゃしんがだけ)に登り、断崖の上でこう祈りました。



私は大きくなったら、困っている人々を救う力を持ちたい。その力があるのなら、この命をお守りください



 そう言い終えると、なんと、真魚さまは谷底へと身を投げたのです。その瞬間、どこからともなく天女が現れ、美しい音楽とともに真魚さまを抱きとめ、地に降ろしました。

真魚さまは確信しました。

――自分には、仏の道を歩む使命があるのだ、と。

 15歳で都に上った真魚さまは、18歳で日本唯一の大学に入り、儒教や文学を学びます。学問へのひたむきさは彼を鍛え、その教養はのちに大きな力となりました。
しかし仏道への憧れは、片時も彼の胸から消えることはありませんでした。10日に一度はなじみの寺を訪れ、僧侶たちと語り合い、仏の道を求め続けていたのです。

そしてある日、運命の出会いが訪れます。

――「一の沙門(いちのしゃもん)」と名乗る修行僧。

 真魚さまはこの僧から、虚空蔵求聞持法(こくうぞうぐもんじほう)という密教の秘法を授けられます。それは、虚空蔵菩薩の真言を100日間で100万回唱えれば、あらゆる教えを記憶し、深く理解できるというもの。

真魚さまの心は決まりました。

 阿波国の大瀧嶽に登り、土佐国・室戸岬の御厨人窟(みくろどう)で荒々しい風に身をさらしながら、ひたすらに真言を唱え続ける日々。そしてついに、その時が訪れます。

「谷、響きを惜しまず。明星、来影す。」

真魚さまが唱える声が谷に響く中、天空から一筋の明星が降り立ち、彼を照らしたのです。その瞬間、彼は悟りました。

――これが仏道の証しなのだ。己の進むべき道なのだ、と。

 こうして、真魚さまは決意を胸に、二十歳の時、和泉国(大阪府)槙尾山寺(まきのおさんじ)において剃髪・得度し、出家の道を歩み始めました。彼の運命の旅路は、ここから始まったのです。




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